「下請けは絶対にやるな」──熊本の"隠れた巨人"が教える、AI時代の生存戦略

AIが「作る作業」を代替し始めた時代、受託会社は生き残れるのか。多くのベンチャーが日銭のために受託に頼る中、「下請けは絶対にやるな」と断言し、自社製品一本で戦う熊本の企業がある。社員10名で医療ICTのニッチトップを走るゼロシステムの、高収益を上げ続ける、その独自の生存戦略に迫る。

「下請けは絶対にやるな」──熊本の"隠れた巨人"が教える、AI時代の生存戦略

「受託開発? あれは一番やっちゃいけない。価格競争に巻き込まれて、買い叩かれて、疲弊するだけ。メーカとして主導権を持たないとダメだ」

この言葉を聞いたとき、胸に深く突き刺さるものがありました。

私は普段、IT系企業のアカウントプランナーとして働いています。幸いなことに、会社が長年積み上げてきた実績は確固たる評価を得ており、引き合いが途絶えることはありません。「この会社に頼めば間違いない」。そう信頼して指名されることも多く、順風満帆そのものと言えるでしょう。

しかし、デザインツールがWebサイトのコードを自動で吐き出し、AIが一瞬でプログラムを書く時代です。「アイデア」から「完成」までの距離が近づく中で、作業そのものの価値は、限りなくゼロに近づいていくのではないか。

どれだけ精巧な受託ができても、それは「高級な代行業」に過ぎず、いつか「生成ボタン」ひとつに置き換わってしまうのではないか──?

そんな私の迷いを見透かし、その正体を突きつけるような言葉を放ったのは、熊本市にある小さな会社を率いる経営者です。 社員数は10名ほど。しかし、彼らを「地方の中小企業」と侮ってはいけません。

医療ICTの特定領域において、全国の大学病院や大規模医療機関にシステムを提供する「ニッチトップメーカー」であり、九州における「隠れた巨人」なのです。

なぜ、人口減少が進む地方の小規模企業が、東京の大手を相手に「下請けはしない」と言い切り、高収益を上げ続けられるのか。その秘密を知りたくて、私は彼らの話に耳を傾けました。

今週の「九州NOW」では、九州の地で独自の戦略を持ち、力強く生存する企業の今をお届けします。

労働集約型の「罠」を最初から見抜いていた

IT企業に限らず、創業期のベンチャーの多くは、まず「受託」から事業をスタートさせる。日銭を稼ぐには、それが最も確実な方法だからだ。

しかし、その経営者は創業当初から、「安易な道」を徹底して拒絶していた。

なぜか。そこには「マンパワーが売上の天井になる」という、労働集約型ビジネスの致命的な構造欠陥があるからだ。

クライアントワークで売上を上げるには、人を採用して手を動かすしかない。だが、増やした社員を食わせるには、さらに馬車馬のように働いて案件を回さなければならない。人を増やせば増やすほど、組織は肥大化し、経営の難易度は上がり、利益率は圧迫されていく。

「だから、うちは最初から少数精鋭しかありえなかった」

彼らが選んだのは、人が時間を切り売りして稼ぐのではなく、仕組み(プロダクト)が稼ぐ「メーカー」としての生き方だった。

「地方」という二重のハードル

しかし、この決断は口で言うほど容易ではない。実績のない無名のベンチャーが、自社製品一本で勝負する。それだけでも高難度の挑戦だが、彼らの拠点は東京ではなく「熊本」だ。

「地方でも工夫すれば東京と同じように戦える」。そんな精神論を私はあまり信用していない。現実はもっと冷酷だ。 ビジネスにおいて、個人の資質や努力以上に、「どこに身を置くか」という環境要因は残酷なまでに勝敗を左右する。情報の鮮度、アクセスできる資本、出会いの総量。その物理的な格差は、気合や根性だけで埋められるものではないからだ。

そしてその格差は、ビジネスの現場において、しばしば「偏見」という形を伴って降りかかってくる。

実際、かつては東京へ営業に行くと、「熊本から来ました」と言っただけで「へえ、熊本って熊が出るの?」と真顔で言われたこともあったという。

地方企業というだけで、技術力も信用も一段低く見られる。「東京の会社でないと安心できない」。そんな見えない壁が立ちはだかる中で、日銭の入る受託を断ち、メーカーの道を貫く。それは狂気にも似た覚悟が必要だったはずだ。