「家」をつくるな、「問い」をつくれ。新築を捨てた建築士が語る「正解」を生きないための思考法

熊本の建築士・古市伸一郎氏が、王道の新築設計を捨ててまで辿り着いた「住教育」の本質とは。SCB理論を用いたシステム思考から、愛娘の決断を100%肯定する苛烈なまでの自律観まで。「正解」のない時代を自分のハンドルで生き抜くための、深く鋭い思考の設計図。

「家」をつくるな、「問い」をつくれ。新築を捨てた建築士が語る「正解」を生きないための思考法

熊本を拠点に活動する建築士、古市伸一郎さん。30年を超えるキャリアを持つ彼の活動は、いまや「設計」の枠には収まりません。

住宅の耐震診断、リノベーション、そして「住教育」をテーマにしたラジオパーソナリティ。一見バラバラに見えるこれらの活動を貫くのは、物理的な「建物」への執着ではなく、人と場所の「関わり方」を最適化し続けるという、徹底したシステム思考です。

「建築を、目的から『手段』へと引きずり下ろす」

古市さんが目指すのは、建物の完成ではありません。その前段階にある、住み手の自律性を規定する「思考の設計図(=問い)」の構築なのです。

建築士が「新築設計をやめる」と決めたとき

かつての古市さんは、多くの建築士と同様、新築設計を仕事の主軸に据えていた。真っ白な図面に施主の夢を、ゼロから形にする。それは建築士にとっての花形であり、王道のキャリアだ。しかし、ある時期を境に、彼はその「働き方」に強烈な違和感を抱き始める。

「建築の世界は、工学的な側面がありつつも、実際は極めて文学的。ファンタジーを語ることで成立している部分が多いんです。でも、そこには論理的な検証が欠けていました」

古市さんが自身の建築事務所を立ち上げたのは2000年。インターネットが一般家庭に浸透し、世界のルールがアナログからデジタルへと根底から書き換わり始めた時期と重なっている。

当時はまだ、情報は「場所」に紐付いていた。だが、世界は2007年のiPhone登場を機に激変。誰もが手のひらの中に、あらゆる知識と選択肢を収める「情報の民主化」が起きた。昨日までの正解が、SNSを通じて瞬時に共有され、消費されアップデートされていく。ITの世界ではロジックに基づいた仮説と検証が凄まじい速度で回され、人々の価値観を塗り替えていた。

古市さんは、その地殻変動を肌身で感じながら、足下の建築業界を見つめていた。

「タップ一つで世界中と繋がれる時代になっても、業界には情緒的な『ファンタジー』にとどまり、論理的な検証から逃避する姿がありました。情報は開かれたはずなのに、家づくりだけは依然として、プロの『経験と勘』というハコの中にあり続けたんです」

そんな古市さんの閉塞感を打ち破ったのは、熊本発のコミュニティデザイン理論、SCB理論(Social Community Brand理論)との出会いだった。人と場所・コミュニティの関係性を整理するフレームワークを通じて、それまで情緒的なファンタジーとして使っていた『繋がり』という言葉を、ようやく論理的に語れるようになったという。

「仕事への向き合い方が変化し、形になっていなかった自分の考えが、ロジックとして整理されたんです」

この出会いを境に、古市さんは建築を「目的」ではなく、地域や未来といった関係性を持続させる「手段」であると再定義した。この「手段としての建築」という割り切りが、彼に新築への執着を捨てさせ、より未来的な価値を持つ活動へと彼を突き動かしたのである。

「答え」はいらない。今、必要なのは「問い」だ

現代社会には、心地よい「答え」が溢れている。SNSを開けば理想の家の画像が流れ、ハウスメーカーは「失敗しない家づくり」というパッケージを提示する。しかし、古市さんはそこに潜む危うさを指摘する。

「今は問いがない状態で、答えだけが目の前に並んでいる状態。選んでいるつもりが、実は誰かに『選ばされている』に過ぎないのではないでしょうか」

数千万、ときには億という大金を投じる家づくりにおいて、自分自身の軸を持たないまま決断を下すことは、自分の人生のハンドルを他人に渡すことに等しい。

そこで彼が提唱するのが、知識を教えない「住教育」だ。

それは、「どんなキッチンがいいか」を教えることではなく、「自分は何を求めて生きているのか?」という問いを、自ら立てる力を取り戻させること。

「自ら問いを立てられれば、その回答に対する責任感が生まれます。そうなれば、結果がどうあれ、他人のせいにしなくなるはずです」

トラブルを業者のせいにしたり、選んだ自分を呪ったりするのは、自分の「問い」が不在だから。自分で立てた問いから導き出した答えであれば、どんな結果も真摯に受け入れられる。それこそが、古市さんの考える「自律した暮らし」の核心なのだ。

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