その醤油、甘すぎにつき。人生最高のカルチャーショック

熊本・天草で出会った「甘い醤油」というカルチャーショック。なぜ、この土地の味は甘いのか?一杯の醤油から紐解かれる、歴史が育んだ豊かさともてなしの心。あなたの常識が、新しい意味を持つ物語です。

その醤油、甘すぎにつき。人生最高のカルチャーショック

今回は、45歳で大手航空会社を退職し、東京から小豆島を経て、熊本・天草へ。農業に転身した夫の物語。九州にやってきた彼を揺さぶったのは、「醤油」でした。

一緒に彼のカルチャーショックを追体験しながら、自分らしい人生をリデザインするヒントを探しにいきましょう。

<目次>

📝今月のリデザイン:パスポートのいらない異国、天草で出会った「甘い衝撃」

天草に越してすぐのことだった。農地を貸してくださることになった園主が私と家族を夕食に招いてくれた。テーブルには、これでもかというほど大皿が並び、その上には鯛とブリの刺し身がキラキラと輝いている。この日のために、馴染みの鮮魚店に頼んでくれたのだという。

東京にいた頃、刺し身はちょっとしたハレの日のご馳走だった。それが今、目の前で山盛りになっている。海に囲まれた土地の豊かさとは、こういうことか。夢見心地で一切れを箸でつまみ、小皿の醤油にひたして口に運んだ。

「???」

瞬間、私の思考は停止した。甘いのだ。醤油が、明確に甘い。 肝心の刺し身は、プリプリとすごい弾力で新鮮そのものなのは分かる。分かるのだが、これもまた私が知っている「熟成された旨味」とは違う、筋肉質な食感だ。美味い、まずい、ではない。ただ、ひたすらに「思っていたのと違う」。

ただただ嬉しかったはずの刺し身だったが、いつしか私の箸はすっかり進まなくなっていた。洗礼は刺し身だけに留まらなかった。食卓に並ぶ野菜の煮物も、魚の煮付けも、すべての料理が甘いのだった。

これはもう、醤油そのものが違うのだと確信し、後日、私はスーパーの醤油コーナーへと向かった。陳列棚を前にして、目を疑った。

ボトルのほとんどに「甘くておいしい」などと書かれている。違うのは醤油の作り方ではなかった。手に取ったボトルの裏、原材料名には、はっきりと「砂糖」の文字があった。

ケチケチしない。天草流おもてなし

後で知ったことだが、このあたりでは新鮮な白身魚に、とろりとコクのある甘い醤油をつけて食べるのが定番らしい。

「九州のなかでも、熊本は甘いんですよ」福岡出身の知人が教えてくれた。「南にいくほど、甘くなる傾向があるんです。鹿児島はもっと甘いですね」。