「しがらみ」は最強の武器であり、牢獄だ。天草・柑橘農家のリアリズム
「会社を辞めれば自由」は幻想か。航空会社から天草の柑橘農家へ転身した筆者が、独立後に直面した「しがらみ」という最強のインフラ、地方の壁、そして個人の限界を語る。大人を変えるより次世代を育てるため教育現場へ。人生を再設計するためのリアリズム
「会社員を辞めてフリーになれば、自由になれる」 「田舎へ移住すれば、煩わしい人間関係から解放される」
もし、あなたが今そう信じているのなら、あえて言いたい。それは、あまりに美しすぎる幻想だ。
私は45歳で航空会社を早期退職し、熊本県・天草で柑橘農家として再スタートを切った。そこで待っていたのは、都会のオフィスでは決して見ることのできない「リアリズム」だった。
個人として歩み始めて痛感したのは、私たちが「自由を阻む悪」として忌み嫌う「組織」や「しがらみ」こそが、実は物事を前に進めるための最強のインフラだったということだ。
組織を離れる=共有資産を失うこと
多くの人は、組織を離れることを「重荷を下ろすこと」だと考える。だが実際には、組織という「共有インフラ」をすべて失い、そのコストを一人で背負うことを意味する。
例えば、農業で肥料を一つ買う場面。 JAという組織に属していれば、共同調達で安く、配送までセットで手に入る。しかし完全な個人なら、自力で運ぶか、高い配送料がかかる。一つ20kgの袋を何十枚も積み下ろす過酷な作業――これは好き嫌いの問題ではなく、「しがらみがないことによる実利(メリット)の喪失」という極めてドライな現実だ。
さらに重いのが、情緒的なコストだ。 四半世紀、同僚に囲まれて働いてきた私にとって、静まり返った農園での「孤独」は想定外だった。作業はもちろん、決断や責任をするのも、すべて一人。組織にいた頃は当たり前に享受していた「近くに誰かがいる」という環境こそが、実は精神的なセーフティーネットだったのだ。
団体交渉権としての共同体、維持するための「接着剤」
この「個の限界」を突破するため、私は「新たな組織(しがらみ)」の運営に携わったことがある。新規就農農家のグループ「NFN(ニューファーマーズ・ネットワーク)」だ。
ここでは「団体交渉権」を獲得できた。個人の荷物は少なくても、まとまれば運送会社と送料交渉ができる。利害が一致している間、この組織は「個を強くする装置」として機能した。
しかし、コロナ禍で「対面」が失われた瞬間、この組織は消滅した。 ドライな利害関係だけでは、組織は維持できない。顔を合わせ、世間話をするといった、ある種ウェットで面倒な「しがらみ」という接着剤がなければ、インフラとしての機能すら維持できないことを思い知らされた。
「地元出身者」という名の最強の通行手形
共同体は内側の人間には最強の武器である一方で、外から来た人間にとっては見えない「壁」にもなりうる。
かつて、一人のフランス人が大浦の海に惚れ込み、牡蠣の陸上養殖を提案しにやってきた。