旅人が置いていったもの。ウクレレと、英語と、旅に出る「理由」の話
天草の別宅に現れたカリフォルニアの旅人。彼らが置いていったのは、ウクレレの音色と「アーブ(Herb)」という小さな発見でした。「目的がないと動けない」私が、彼らとの交流を通じて自ら旅の理由を見つけ、Substackで英語発信を始めるまでの心の軌跡を綴ります。
3月の3連休は、何事もなく終わると思っていた。
夫の農作業の合間に天草の別宅でぼんやり過ごす、いつもの週末。そう思っていたところに、エアビーの通知が届いた。チェックイン前日の予約。しかも、英語のメッセージだった。
カリフォルニア在住のLimbさんとDanielleさんのカップル。3か月かけてハワイ、フィジー、ニュージーランド、そして日本を旅しているという。栃木と大阪を経て、天草へ。
コロナ禍の前は、月に数組の外国人観光客がエアビー経由で訪ねてきていた。ヨーロッパ系が多く、計画を立てず、行った先々で気の向くままに宿を探すスタイルをとっていることは知っていた。コロナ禍で国境が閉じた3年間、そういう旅人の姿はすっかり消えた。
2023年頃から少しずつ予約が戻ってきたものの、外国人客が来る機会は以前より減っていた。そもそも我が家は最近、週末しか宿をオープンしていない。ニーズと稼働がこれほどきれいにかみ合うのは、ほとんど奇跡に近い。
こうして思いがけず、連休最後の2日間は、予想外に賑やかで充実したものになった。
食卓という「外交の場」
天草の別宅は国道沿いにあるが、周囲には何もない。最寄りのコンビニまで7、8km、スーパーまで10km。公共交通が貧弱なこの場所にバスで来ると、食事に困ることになる。そのため我が家はバスで来た客人には「一緒にご飯を作って食べませんか」と提案するようにしている。
今回も、夕食と翌朝の朝食を一緒に囲んだ。
食事の準備をしながら、2人はよく聞いてきた。「これは何?」「この辺で採れたものか?」朝食の米についても同じように聞いてきたので、熊本産ではあるが天草産ではないこと、日本は去年、米の不足と価格高騰で大変だったことを話した。すると「農業人口が減っているから?」と返ってきた。
それもあるが、気候変動の影響が大きい。日本政府は農業人口を増やそうとしているが、おそらく難しいだろうと答えた。
「なるほど。気候変動は、柑橘も米の生産にも影響を与えているんだね。アメリカでは政府が農家に補助金を出してサポートしているが、大規模農家が中心で、小規模農家はどんどん減っている」
Danielleさんはカリフォルニアで農場を経営していたが、リタイアしてからはコミュニティ農園をやっているという。農業の話は、すんなりと共通の土台に降りてきた。気候変動も、小規模農家の苦境も、日本だけの問題ではなかった。
そんな話の流れで、我が家のことも少し紹介した。平日は熊本市内にいて、週末は夫が天草に来て農業をしていること。息子がもう一人いるが、今回は来ていないこと。するとDanielleさんが「寄宿学校に通っているの?」と聞いてきた。いや、city lifeが好きなので熊本市内にいる、と答えると、「country sideはすばらしいのに、so bad!」と残念そうな顔をした。
そこで、実はこの春休み、映画『ホーム・アローン』の主人公みたいに一人で数日間を過ごしてみたいと言い出したんだ、と話したところ、Limbさんが目を丸くした。「ホーム・アローン!彼は映画が好きなの?でもあれ、家の中がかなり大変なことになってたよね(笑)」。確かに。
ちょっと待って、「アーブ」って何?
もうひとつ、小さな発見があった。
Danielleさんが「アーブを育てているの」と言った。アーブ?おそらく植物の話をしているのはわかる。しばらく話の流れを追っていたが、どうしても意味がわからない。
あとで彼女がカナダのケベック出身だと聞いて、ようやく合点がいった。herbの発音だったのだ。英語の「ハーブ」は、フランス語圏では「アーブ」になる。フランス語ではhを発音しないから。
知識としては知っていたはずのことが、実際の会話の中では全然ひっかからなかった。英語のブランクというより、自分の「聞き取りの引き出し」の狭さを感じた瞬間だった。それと同時に、少し楽しくもあった。こういう小さなズレを面白がれるのが、外国語で話す醍醐味のひとつなのかもしれない。
ギターが鳴った朝
出発前、Limbさんがギターを取り出した。
Whalesという曲だったと思う。アメリカの子どもたちが聞いて育つ、童謡のような曲らしい。弾きながら、こちらに向かって「歌って」と呼びかけてきた。
知らない曲だし、と一瞬ひるんだのは正直なところだ。「知っていなければ参加できない」という感覚が、どこかにある。でも彼らにとって、音楽はそういうものではないらしい。知っているかどうかは関係なく、音があれば体が動く。映画『タイタニック』で、3等客室の乗客たちが見知らぬ曲に合わせて踊りまくっていたあのシーンを思い出した。あれは誇張ではなかったのかもしれない。
Limbさんは童謡の作曲家だ。フィジーでは子どもにウクレレを教えた。その子がウクレレをとても気に入ったので、そのままプレゼントした。ニュージーランドで、ギターを買い直した。
道具は次の場所で調達すればいい。そのあっさりした身軽さが、なんとも清々しかった。音楽が言語を超えるというのは言葉として知っていたが、ウクレレを置いてきた話を聞いたとき、初めてそれを具体的な形として受け取った気がした。
「目的がないと動けない私」への処方箋
2人の旅の話を聞きながら、私は自分が旅に出られないタイプであることを、あらためて思った。
きれいな建物や景色を見て「いいな」と思っても、それだけでは旅に出る理由にならない。目的がないと中だるみしてしまうのが自分の性質で、これはずっとそうだ。
でも、今回気づいたことがある。「知り合いに会いに行く旅」なら、できるかもしれない。
LimbさんとDanielleさんは「カナダにも拠点があって、オーロラが見えるよ」と言って、スマートフォンで写真を見せてくれた。「ぜひ来て」という言葉も添えてくれた。カナダは行きたい場所のひとつではあるが、具体的にいつ行くかは考えていなかった。でもその瞬間、オーロラを見に行くことを初めて「あり得る未来」として想像した。
目的がなければ動けない。
それは弱点ではなく、自分なりの「動き方のクセ」なのだと思えば、少し楽になる。旅に出る理由も、誰かに与えてもらうものではなく、自分で見つけるものだ。
「ボキャブラリーが豊富」という言葉
別れ際に、Danielleさんがこう言ってくれた。「あなたはボキャブラリーが豊富ね。英語のブランクは、少し練習すれば大丈夫だよ」
しばらく英語から離れていたので、自信がなかった。英語の勉強は、仕事で使うとか、旅行に行くとか、具体的な目的がなければ続かないのが私の性質だ。「アーブ」がわからなかったことも、頭のどこかに残っていた。
でも今回、「次に会うとき、もう少しスムーズに話せるようになりたい」という動機が、自然に生まれた。頑張ろうという気合いではなく、特定の誰かとまた話したいという、ごく素朴な気持ちとして。
DanielleさんとFacebookでつながった。ほとんど投稿しないアカウントだが、この記事を書いたら投稿しようと思っている。彼らが見てくれるかもしれない。
何事もなく終わると思っていた3連休が、思いがけず、今後の設計図を少し書き換えるきっかけになった。
日常というのは、こういうふうに、外から来た旅人によって不意に「窓」が開くことがある。見慣れた景色が、少しだけ違う角度から見えるようになる。そういう小さな変化を、大切にしていきたい。
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。さて、お知らせがあります。
今回のニュースレターでは、LimbさんとDanielleさんとの出会いと「次に会うとき、もう少しスムーズに英語を話せるようになりたい」と書きました。その気持ちは本当で、行動に移すことにしました!
なので今月から、このニュースレターをSubstackで英語で配信していきます。
英語での発信は、ゼロからのスタートです。読者も、ゼロから作っていくつもりでいます。うまい英語かどうかは正直わからないけれど、書いている人間は同じです。
これまで読んでくださっていた方へ、本当にありがとうございました。日本語での配信はいったんここで区切りになりますが、もしよかったら英語版ものぞいてみてください。「英語だから」と身構えなくて大丈夫です。一緒に読んでもらえたら、それがいちばんの励みになります!!!
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